冷たい風が吹き抜ける都市部中央にあるその広い公園には、中央に特設クリスマスツリーが設置され、たくさんのカラフルな電球で彩られて行き交う人の目を楽しませている。もう冬休みに入っている学生は勿論、早退したのか有休を取ったのか、社会人もいたりして、公園内はちょっとした賑わいだった。
 どちらを向いてもカップル、カップル、カップル   。今日は12月24日。聖なる夜だが、この国では恋人たちの夜といった傾向が強い。ていうかそのものだし。
(・・・俺たちも他人からはそう見えるのかなあ・・・)
 すれ違う恋人たちが手をつないでいたり腕を組んでいたりするのを見ながら、長瀬一はぼんやりと思った。そのすぐ隣には、この寒いのに短めのプリーツスカートをはいて、やはり寒さに震えている松木ひなたがいる。今年の夏休み前になんだかいろいろあったうちに、今ではこうして休みの日にふたりででかけたりしている。
(それがデートっていうかどうかはまた謎だよな〜)
 夏休みやテスト前は図書館で一緒に勉強していた。
 そうでない日曜日は、たまに彼女の好きな紅茶の店に行ったりして、たわいのない会話を楽しんでいた。
 ・・・甘い語らいがある訳では、決して、ない。
 夏休み前のあれやこれやのどさくさで何度か華奢な彼女を抱きしめたことはあるのだが、それっきりで。・・・一応一度彼女の家に招待されたこともあるのだが、なんだかそれも成り行き上、みたいなカンジで。
 そんな訳で「デートというかどうかは謎」になるのである。
 一は夏休み前の事件で、ひなたを「守りたい」と認識してしまった。それからどんどんと自分だけにいろいろな表情を見せてくれるひなたに魅きつけられてしまった。けれど彼女はどうだろう。彼のことなどは茶のみ友達程度にしか認識していないのではないだろうか、という恐ろしい疑問にぶち当たってしまって、一はどうしても一歩踏み出せないでいる。
 もともと人間不信のきらいがあったひなたが、こうして自分を「特別」に扱ってくれることだけでもありがたいと思うべきだろうか。
「長瀬くん、進路決めた?」
 しばらく黙り込んでしまった一を見上げてひなたが声をかける。咄嗟のことだったので一も答えに窮してしまい、
「・・・松木は?」
 あまりにもベタな切り返しをしてしまった。が、ひなたは正直に就職だよ、と短く答えた。
「えっ・・・何で?松木って成績いいのに」
 数学などは多少落ちるが、それ以外の科目なら平均以上、商業科目においては上から数えたほうが早い順位のハズだ。
「商業高校出たら、普通女子って就職だよ・・・?」
 専門学校や大学に進学する者もいなくはないが、大半は就職する。事務の授業を受け、若い(長く勤務できて初任給が低い)高校生は企業が欲しがる存在だ。進学してから就職するよりも今の方が求人が多かったりする場合もある。
 そして高卒で働くことの一番の魅力は、収入が得られること。自分でお金を稼げば、どのように使ったところで誰にも文句は言われない。
「お金貯めて旅行とかしてみたいし・・・」
 英国で紅茶を飲んでみたいだなんて、子供じみていて笑われるだろうか。それに英会話が得手ではないひなたが、紅茶のために英国に旅行だなんてとうてい無理だ。
 言いながらどこか寂しそうに微笑んだひなたに何かひっかかるものを感じた一だが、
「長瀬くんは大学?」
 くるっと表情を変えて明るい笑顔で問われ、顔が赤くなるのを悟られないようにぷいっと顔を背けながらぼそりと答えた。
「・・・うん、英語・・・」
「え・・・ッ」
 信じられない、といった予想通りのひなたの反応に、一はすたすたと歩き出す。
「ちょ、ちょっと待ってよ。うちの学校の英語のレベル知ってる!?」
 商業高校で習う英語など、普通科の英語の半分程度だ。たとえ一が学校で一番英語の成績が良かったとしても、普通科では平均点くらいの成績にしかならないというのに。
「・・・知ってるさ、だから夏から通信教育始めたんだ」
 いつのまに?そんなことひとことも言ってなかったじゃない、とでも言いたげな表情のひなただったが、先を急いで歩いていってしまう一には解らない。ひなたにコートをぐいっと強く引っ張られて、しぶしぶ足を止めた。
「ねえ、何・・・きゃんっ!」
 顔を一の大きな手のひらでぺちっとやられてひなたが悲鳴をあげた。
「・・・やっぱりさ、英国に行くなら英語のできるヤツがいた方がいいかなって」
 振り返った一は居心地が悪そうに白状した。言うつもりなんてこれっぽっちもなかったのに、としっかりと顔に書きながら。
 そんな彼の珍しい表情を見上げながら、ひなたはぼんやりと思った。
 彼も同じコトを考えていたのだろうか、と。
 でも・・・さっき、何て言っていただろうか。
 夏から、と。
 今年の夏。一とひなたが、一緒にいるようになったきっかけ。
(『夏から』って・・・)
「・・・長瀬くん・・・」
 見上げるひなたと、見下ろす一の視線が合った。
「好きだよ」
 あの日からずっと・・・。
 唐突に降ってきた言葉に一瞬とまどったひなただったが、すぐに満面の笑顔で答えた。
「私も大好き」
「・・・そう」
(俺の『好き』とはちょっと違うだろうなあ)
 なんとなく寂しそうに微笑んだ一に気づいたのかどうか、ひなたがうつむいて自分自身を抱きしめた。
「・・・松木?寒い?」
 だが一の声はひなたの耳には届かなかった。何故なら、彼女は突然高鳴り出した自分の胸に驚いていたから。
(・・・あれ?何だかすごくドキドキしてる・・・)
 寒いはずなのに急激に鼓動が早まるのと同時に、体温が上昇していくのが解る。きっと顔なんか真っ赤になっているはずだ。やはり寒いのにこんなミニスカートなんかはいているから風邪をひいたのだろうか。だとしたら彼にうつさない内に帰ったほうがいいだろう。そう訴えようとしたひなただった・・・のだが。
「・・・少しは暖かいよ?」
 いきなり一に抱きしめられて、ひなたは言葉を失った。コートの前身ごろで彼女を包むようにして抱きしめているので、より近くに一が感じられる。余計にドキドキが加速したひなたは、もうどうしていいか解らずに耳まで赤くして一のコートの中でうつむいてしまった。通りすがりのカップルたちがもの珍しそうに(或いは羨ましそうに?)見ていくのだが、ひなたはそれに気づかない。
(ど・・・どうしようドキドキが止まらない!このまま心臓が破裂したりしたらどうしよう!!)
 
しません。
 ・・・とはいえひなたにとっては本当にどうしていいか解らない状態で、多分こんなふうに突然心臓がばくばく言うのも初めてなのだろう。どうしてなのか理由が解らないから、不安になる。
 寒いのかと思ってコートの中に抱きしめた一だったが、ひなたの顔が真っ赤なのを見て心配になって彼女の顔を覗き込んだ。
「・・・暑い?」
 一気に心臓が跳ね上がった。
 ど、ど、どうすればいいのよぅ〜!!
 ひなたは咄嗟に一の襟首をひっつかんで強く引っ張って屈ませると、多分それは衝動的に、彼の無防備な頬にキスした。
(・・・)
(・・・)
「今の・・・・・・・・・って・・・・・・松木?」
 あまりに突然すぎることに彼女が触れた頬を自分の手で触れながら、一はその意図をひなたに問うた。そのきょとんとした一の表情に、急に恥かしくなったひなたはうつむいて、どうしたものかと口をもごもごさせる。おとなしく返事を待っている一に観念したのか、ごそごそとカバンからなにやら取り出すと、背伸びして無言で彼の頭にかぶせた。
 やわらかくて、あたたかいそれ。
「あっ・・・帽子?」
 白い毛糸で編まれた、とてもシンプルな帽子だった。
「本当はセーターを編もうと思ったんだけど、その・・・ちょっと失敗しちゃって・・・」
 やはり顔を赤くしたままで上目遣いに様子を窺ってくるひなたがあまりにかわいくて、先ほどの問のことなど忘れてしまった。
「うれしいよ、ありがとう。松木みたいにあったかい」
 素なんだが。
 一にとっては素で出てくる台詞なのだが、ひなたにとってはなんだかとってもクサく感じられて、でもくすぐったくて、嬉しくて、ますます体温が上がってしまう。
「な・・・何か今日暑いね!ちょっと歩こう!!」
 一に背を向けてぎくしゃくと歩き出した。いつもの倍くらいの歩幅が彼女の動揺を物語っている。
 素直なんだか、素直じゃないんだか。
 でも、愛しくて仕方ない。
 それに   
(少しは俺の『好き』に近づいてくれたかな?)
 まだ彼女のぬくもりが残る頬に触れながら、一はひとりで微笑んだ。
「待ってよ」
 一をほったらかしてずかずかと大きく両手を振りながら歩いていくひなたを追いかける。それでも振り向いてくれない彼女の手を後ろから捕まえた。
「え?」
 そうくるとは思わずに振り返ったひなたの顔を温かい手で捕まえると、そのままそっと口づけた。
 時間にして一秒にも満たない刹那。
 もしかしたら怒られるんじゃないかとか、嫌われるんじゃないかとか、不思議とそんなことは考えなかった。
 眼を開いたときに、ひなたがはにかんで一を見上げていた。
 それだけで、胸が一杯になる。
「・・・あのね、長瀬くん・・・」
「何?」
「私のこと・・・名前で呼んで・・・・・・」
 街の喧騒で消えてしまいそうな囁きだったが、一はそれを聞き逃さなかった。何度も自分の中で繰り返して、ようやくその言葉を口にした。
「・・・ひなた」
 彼女の、名前。呼ぶだけで心が満たされるような。
「・・・うん」
 嬉しそうに彼女が笑った。
「行こうか」
 手を伸ばすと、ひなたがそっと一の手を掴んだ。ふたりとも手袋をしていないのだが、ひなたの指の冷たさに驚いた一は、そのまま強引に彼女の手をひっぱると、手をつないだまま自分のコートのポケットに突っ込んだ。
 一瞬驚いたひなただったが、一と顔を見合わせて、笑った。
「俺のことは名前で呼んでくれないの?」
「そのうちねv」
 ちらりちらりと降り出した雪の中を、言葉も少なく歩き出した。こんなにも寒くても、交わす言葉がなくても、なんだか心の奥から温かくなっていくようで。公園のクリスマスツリーや街を彩るイルミネーションさえもがふたりを見守ってくれているようで。
 あたたかくて   うれしくて   しあわせだ。
 ほんの少しだけ愛が動き出したこの夜に、このまますべてが消えたとしても、かまわない。

 一年の想い出を聖なる夜に   Merry Christmas!

2002.12.01

■後書■
 本編から半年後。番外編で言ってた「七夕」で言ってた『最初は公園〜』のエピソードがコレです。押せ長瀬!